味噌汁を飲みます

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情報学を修了した

大学院博士前期課程(修士)を修了することができました。
修士にふさわしい能力と実績と論文ができたかはわからないですが、自分としては卒業できたので一安心です。
学部を含めた6年間の振り返りと感想を書いていきたいと思います。

学部

入学時は他大を全部落ちて、後期試験でなんとか合格した状態だったのでかなり落ち込んだ状態でした。
無力感というか能力のなさを認識したので今まで何も情報の勉強をしたことがないけれど何か技術を身につけないと! みたいな焦りが結構強く感じていた記憶。
HxSコンピュータ部と競技プログラミングサークルに参加してさいきょープログラマになるぞ。みたいなことを思ってた記憶があります。

競技プログラミング

1年後期から3年の前期までたまに触ってました。

うちの大学の学部には競技プログラミングサークルがあり、オフラインのイベントに参加するときに宿泊費の補助などをしてくれた記憶があります。(昔すぎて覚えていない。)
競プロは、なんか難しいことが簡単にできるようになるらしく、人ができないことができるのはかっこよさそう。といった動機ではいりました。
問題を解くこととか、先輩とかと集まってバチャコンをするのは楽しくてそれなりに通っていました。
立命館大BKCで行われたオフラインコンテストに参加したり、ICPCも全然わからんわー、とか言いながらお菓子食べつつ1台のpcで問題を解くのはお祭りみたいで良かったです。
AtCoderもそれなりに出ていて、あんまり精進していなかったので緑止まりでした。
早解きでレートを稼ぐ競技プログラミングしていない人間だったので、今だとだいぶレートが低そう。

ただ、競技プログラミングをしていたおかげで 授業のプログラムを書くのにそこまで苦労しなくて済んだ気がします。
あと、就活のコーディングテストはAtCoderを触ったことがあるおかげで通過できたのは間違いないです。
個人的にはコンテストに参加しなくても、AtCoder Beginners Selection などのコンテストの常設中のコンテストをするのはよさそう。
3年生ぐらいでエネルギーが切れてコンテストに出なくなってしまったので年々プログラム書く力が落ちてる感じがある。

HxSコンピュータ部

1年から3年まで

なんとなくで入った部活だったが、LT大会とか講習会とかは楽しかったし、気づいたら会計になっていてお金の管理が面倒なことを学ばせてもらった。
学祭で一日中 焼き鳥を焼いたり、クリスマス会をしたり、バーガー祭とか言ってハンバーガーを山積みにしたのもいい思い出です。

ただ、一番インパクトがあったのはいらいざ と会ったことかなと思います。
自作CPU講座とか、自作言語講座とかを開いてくれたけれども手を動かす力が足りなくて途中離脱してしまってました。
ただ、アプリをシュッと作ったり技術を探求し続けるのを見て憧れというか、できることならここまでなりたい。 みたいには思ってみてました(なれませんでしたが)。

ネットワーク講座

1年から3年まで

勝男先輩 が授業に乱入してきて、告知していったことで興味を持ちました。
そもそもどんな技術があるかわからん。みたいな状態だったので、入門講座をしてくれると聞いて飛びついた。

なんかよくわからんから動くからヨシッ みたいなのを繰り返すのは楽しかったです。
2年からは逆に講師をしたり、ゼミの勉強会に参加したりして自分としては頑張ってたようです。
ただ、ospfとbgpの基本機能使って実験して終わり。みたいなことしかしてなかったので、実ネットワーク構築とか商用ネットワークの勉強とか全然してなかったのでもったいなかった。

講座だけでなく、トラブルシューティング会もはじまったのでお手伝いしていました。
大学のホームページなどに載っていたんですが、運営人数の不足等で継続できなくなったのは残念です。
ひとつ、3年前期に蒸発してしまってよねやんに多大な迷惑をかけたのは今でも申し訳ないです。

ICTSC

2年まで参加者、それ以降は運営

参加者の間は、ほぼほぼ何もできないまま予選落ちでした。
そもそも、問題文を見てから利用されている技術を調べるような状態だったので全然ダメでしたが、こんな技術あるんだみたいな勉強にはなりました。

運営に参加した動機としては、運営をするような強い人から刺激を受けるためでした。
えるとくん、たけみおくん等アプリもかけてインフラもできる みたいな人がいっぱい居て自分がこんなところにいていいのだろうかと思った記憶があります。
作問のためMPLSなどの勉強をしたり、トラコン予備校といって過去問を全国各地の学校で解説したり、K8s勉強させてもらったりと、一番成長させていただいた環境だと思っています。

作問

大学院

研究が得意でもないけど、研究とかできる人間になりたいからとりあえず院進するか。みたいな感じで学部3年の終わりに院進を選択しました。
残念ながら学部4年ぐらいからあまりタスクに取り組めない状態が院2年の12月まで続き、技術記事が読めないプログラムが書けないみたいな感じでした。
プチハッカソンの開催、AtCoderの灰diffと茶diffを解くなど気持ちを研究に向かう準備を試みたんですが、なかなか向いてくれず困ってました。
オーキャンの手伝いとか友人とキャンプに行ったりと気分転換を試みても改善なしでしたが、何とか提出することができました。
ただ単に僕が怠惰なだけなのかもしれないです。

ICTSC

ICTSCの運営は継続してやっていましたが、何をやっていたかほぼ覚えていないです。
ただ、運営人数が減って一人2問を作問するのはちょっと大変だった気がします。
僕としては初心者/触ったことがない人のファーストステップ用の問題(ansible問やIPv6 DHCP問)を作ることを心掛けていたんですが、今年の新規運営に「ansible問でansible初めて触りました!」って言ってもらえたので満足です。

作問

問題環境/問題文の作成

6年間の感想 ・今後

僕は運がよくて、いらいざ や勝男先輩にえるとくんやたけみおくん等の憧れ・刺激を与えてくれる人や 勉強させてもらえる環境に恵まれた6年間だったと思います。
結局手を動かせる人にはなれなかった気がするので、これからもっと精進して社会に置いて行かれないようにしたいです。

これから一応ITインフラエンジニアになれるらしいので、楽しみにしています。